佐藤 恵美(38)久しぶりの旅行、せっかくだから高野山でパワーをもらおうと思って検索したら……「行ってはいけない」なんて怖い言葉が出てきて。私、もしかして拒絶されてるんでしょうか?
楽しみにしていた旅行の計画中に、ふと目に入った「行ってはいけない」という不穏なサジェスト。その言葉を見た瞬間、神聖な場所から自分が拒まれているような気がして、急に不安になってしまいますよね。
「今の私が足を踏み入れてもいい場所なのだろうか?」
「遊び半分で行くとバチが当たるんじゃないか?」
そんな風に足がすくんでしまっているあなたへ。まず結論からお伝えします。
安心してください。その不安こそが、あなたが「呼ばれている」証拠です。
「行ってはいけない」という噂の多くは、高野山という場所の特殊な環境や、厳格なルールが誤解されて広まったものです。むしろ、今のあなたのように「畏れ(おそれ)」を抱いて慎重になっている人こそ、空海(弘法大師)が1200年間待ち続けていた「待ち人」なのです。


高野山リピーター歴20年
初めて高野山を訪れた際、原因不明の高熱が出た経験を持つ。「拒絶された」と落ち込んだが、後にそれが単なる「知恵熱(準備不足)」だったと知り、以来20年にわたり高野山の魅力を発信し続けている。スピリチュアルな感覚を大切にしつつ、現実的な対策で参拝者をサポートします。
なぜ「行ってはいけない」と噂されるのか? 「拒絶」と勘違いしやすい3つの正体
インターネット上で囁かれる「高野山に行ってはいけない人」という噂。まるで霊的な結界に弾かれるようなイメージを持ちますが、その正体を分解すると、実は非常に現実的な3つの理由が見えてきます。
1. 「畏敬の念」が「恐怖」に変換されている
高野山は、日本仏教の聖地の一つです。特に奥之院は、弘法大師・空海が今も瞑想を続けているとされる最も神聖な場所。その張り詰めた空気に触れると、私たちは本能的に「自分のような未熟な人間がここにいて良いのか」という罪悪感や畏縮を感じることがあります。
この「畏れ多い」という謙虚な感情が、ネット上の伝言ゲームの中で「怖い」「行ってはいけない」という警告にすり替わってしまったのが、噂の大きな要因です。
2. 体調不良の正体は「標高差」と「気温」
「高野山に行こうとしたら急に熱が出た」「頭痛がして辿り着けなかった」。これを「霊的な拒絶」と捉える人がいますが、ちょっと待ってください。
高野山は標高約800m〜1000mの山上にあります。大阪市内と比較すると、気温は平均して6〜8℃も低いのです。さらに、曲がりくねった山道を電車や車で登っていくため、気圧の変化も激しい場所です。
実は私自身、初めて訪れた20年前の夏、半袖一枚で意気揚々と乗り込み、夕方の急激な冷え込みで風邪をひいて寝込んだ経験があります。当時は「お大師様に嫌われた……」と本気で落ち込みましたが、今思えば単なる「準備不足」でした。
3. 観光気分を許さない「厳格なルール」
高野山、特に奥之院の御廟橋(ごびょうばし)から先は、脱帽・撮影禁止・私語厳禁という厳しいルールがあります。これを「窮屈だ」「歓迎されていない」と感じる人もいるでしょう。
しかし、これは拒絶ではありません。「ここから先は聖域である」という境界線を守るための条件なのです。
【結論】: 「行ってはいけない」の正体は、霊的な呪いではなく「心と装備の準備不足」への警告です。
なぜなら、高野山は厳しい自然環境と深い信仰が共存する場所だからです。逆に言えば、防寒対策をしっかり行い、静寂を守る心構えさえあれば、誰でも安全に参拝できます。恐れる必要はありません。
【核心】空海は誰も拒まない。「同行二人」が教える歓迎のサイン
それでもまだ、「私なんかが行っていいのかな」という不安が拭えないかもしれません。ここで、高野山真言宗の最も大切な教えである「同行二人(どうぎょうににん)」についてお話しさせてください。
「同行二人」とは、「巡礼の道は一人ではない。常に弘法大師(空海)があなたと一緒に歩いている」という意味です。
ネット上の「行ってはいけない(拒絶)」という噂と、高野山の教義である「同行二人(受容)」は、完全に対立する概念です。そして、真実は圧倒的に後者にあります。
空海は、あらゆる衆生(しゅじょう)を救うために、今も奥之院で祈り続けています。迷っている人、苦しんでいる人、自信がない人……そんな人たちを拒むはずがありません。
お大師さまは、今も奥之院の御廟で私たちを見守り続けてくださっています。(中略)「同行二人」の信仰は、お大師さまとともに歩むという心の支えです。
出典: 高野山真言宗 総本山金剛峯寺
もし、出発前にトラブルがあったり、急な予定変更を余儀なくされたりしたとしても、それは「来るな」というサインではありません。
「今はまだその時ではない。万全の状態になったら、必ず会いに来なさい」という、空海からの優しい時間調整(リスケジュール)だと捉えてみてください。
迷いがあるあなただからこそ、高野山は両手を広げて待っています。
物理的に「行ってはいけない」ケースと、絶対守るべき3つのタブー
精神的な意味での「行ってはいけない人」はいませんが、物理的・マナー的に「行ってはいけない(行くべきではない)状態」は存在します。トラブルを避け、清々しい気持ちで参拝するために、以下のチェックリストを確認してください。
1. 軽装はNG! 山の気候を甘く見ない
前述の通り、高野山は下界とは別世界です。夏でも朝晩は冷え込み、冬は氷点下の極寒となります。「観光地のついで」のような軽装で行くと、体調を崩して辛い思い出しか残りません。
| 季節 | NGな服装 | 推奨される服装・持ち物 |
|---|---|---|
| 春・秋 | 薄手のシャツ1枚、サンダル | ウインドブレーカー、重ね着できる服装、歩きやすいスニーカー |
| 夏 | 露出の多い服(タンクトップ等)、ヒール | 薄手のカーディガン(羽織るもの)、虫除けスプレー |
| 冬 | 街中のコート、革靴 | ダウンジャケット、手袋、マフラー、滑りにくいブーツ(雪対策) |
2. 奥之院・御廟橋での撮影は絶対禁止
これは最も重要なルールです。奥之院の参道を進み、御廟橋(ごびょうばし)を渡ると、そこは空海が瞑想する聖域中の聖域です。
ここでの写真・動画撮影は一切禁止されています。SNS映えを狙って隠し撮りをするような行為は、信仰への冒涜であり、それこそ「行ってはいけない人」の振る舞いです。カメラはバッグにしまい、心で感じることに集中しましょう。
3. 遊び半分・肝試し感覚での訪問
奥之院には20万基を超える墓石が並んでおり、夜は幻想的な雰囲気に包まれます。しかし、ここを「心霊スポット」として扱い、肝試し感覚で騒ぐことは絶対に避けてください。
死者の魂を慰め、祈りを捧げる場所であるというリスペクト(敬意)を持てない場合は、参拝を控えるのが賢明です。
よくある質問:これって本当に行ってはいけないの?
まとめ:迷いがあるあなたこそ、高野山へ
「行ってはいけない」という言葉に隠された真実、お分かりいただけたでしょうか。
- 「行ってはいけない」は、畏敬の念と物理的な注意喚起の裏返し。
- 空海は「同行二人」の教えの通り、あなたを拒絶せず、常に共にいてくれる。
- 服装とマナーさえ守れば、誰でも歓迎される。
今のあなたが抱えている「現状を変えたい」「何かにすがりたい」という切実な思い。それこそが、高野山へ向かうためのパスポートです。
もし日程に余裕があれば、日帰りではなく「宿坊」に泊まってみることを強くおすすめします。朝の澄んだ空気の中で行われる勤行(ごんぎょう)に参加すれば、心の中のモヤモヤがすっと晴れていくのを実感できるはずです。
さあ、恐れずに準備を始めましょう。お大師様は、あなたが来るのをずっと待っています。



